響流院 正覚山 大音寺 だいおんじ 浄土宗

大分市中鶴崎 1丁目8−2
由 来:細川三斉(忠興)が豊前小倉から肥後熊本に国替えになったとき、当時肥後領だった鶴崎に立ち寄りました。その際浄土宗寺院がないのを憂慮して熊本の人で当時小倉の寺の住職であった専蓮社団誉力和尚に懇請して寛永10年(1633)創建されました。それから200年間は七堂伽藍の大きなお寺でしたが老朽著しく解体し、再建されました。現在の本堂は昭和47年に鉄筋コンクリート造りとなりました。西南の役の際、堂宇すべてが、官軍の重傷者のための病院となりました。明治10年(1878)、賊軍の反撃を恐れ寺の品々を家島へ疎開しましたが隣家の火事の延焼で失いました。この事件は日本最後の内戦として歴史に刻まれました。なお、日本最初の陸軍病院といわれています。境内に1等水準点が設置されています。3m3510
御本尊:阿弥陀如来座像(天台高僧慈覚大師作)観音、勢至両脇士( 〃 )
境内の地蔵堂には
延命地蔵菩薩立像を安置しており、延命祈願は勿論、イボ地蔵とも呼ばれ、イボを落とそうと参拝する人も多く、また子供のカン虫封じに御利益があると伝えられています。堂内には西国33ヶ所の各観音像が安置されています。