後藤碩田 旧宅跡 ごとうせきでん

大分市乙津町12-5金龍社境内
思想家そして芸術家として名高い後藤碩田は文化2(1805)年に現在の大分市乙津町に生まれました。日出の帆足萬里に漢学を竹田の田能村竹田に画を学び、また兵法、砲術をも習得し古代文学、歴史・地理学・神道をも習得した幅広い実践的な文化人でありまた学者でした大分市乙津町12-5金龍社境内。毛利空桑、長州の高杉晋作と共に尊皇の運動を続け明治15(1882)年に78才でなくなりました。亡くなる前に自分の墓を乙津の永安寺に建てました。現在も大切に保存されています。