海龍山 福正寺 ふくしょうじ 浄土真宗本願寺派

大分市南鶴崎2丁目3−8
由 来:寛永12年(1635)僧善西により創建される。善西は細川候が小倉藩主だったころの、お抱えであったが、鶴崎に移った詳細は明治26年(1893)の大洪水により流失し、記録は残されていません。末寺として2寺あったが、坂ノ市の専行寺、広島の安芸の来生寺として移転しました。
本 堂:昭和50年(1975)に鉄筋コンクリートに改築落成
末 坊:大分市竹中に支坊があります。創立文化元(1804)年幼稚園:近郷で最も早く幼稚園(現鶴崎同光園)を設立しました。認可を受けたのは大正13年(1924)でした。現在は保育園。親鸞聖人の少年期の像があります。聖人は9歳の時出家しました。その得度式を明日 蓮院でとり行うといわれたとき、聖人はやおら筆をとり「明日ありとおもう心は仇桜、夜半に嵐の吹かむものかわ」と詠まれました。この像は当時のお姿が表現されています。