伊能忠敬 宿泊の屋敷跡 いのうただたか

大分市東鶴崎3−1−6グループホーム菜の花前
忠敬が鶴崎を測量したのは66歳のときでした。文化7年(1810)2月13日から15日まで3泊しました。そのときに泊まったのが当時この場所にあった和泉屋八右衛門宅です。そして大隅、薩摩など九州南部をまわり肥後街道(熊本からの呼び名は豊後街道)を測量して再びここに宿泊、鶴崎で年越しをしました。忠敬の制作した正確な日本地図は昭和4(1929)年まで110年間公式に使われました。
記念碑
鶴崎小学校に伊能忠敬測量記念碑があり当地の正確な緯度・経度が記されています。
東経 131°41’ 40”
北緯  33°14’  8”